士師記1-3章・詩編73編
士師記の概要
全21章ヨシュアの死後、イスラエルが約束の地で神に従わず、偶像礼拝に陥る中で、神が士師(さばきつかさ)を立てて救われた歴史が描かれています。民は罪を犯し、敵に苦しめられ、悔い改めると士師が現れて勝利をもたらすというサイクルを繰り返しました。ギデオンやサムソンなどの士師が活躍しましたが、次第に民の堕落は深まりました。「各々が自分の目に正しいことを行った」と結ばれています。
士師記 1章
ヨシュアの死後、イスラエルの民はカナン人を追放しようとしました。ユダ族とシメオン族は協力して戦い、成功を収めましたが、他の部族はカナン人を完全に追放することができず、多くの部族が彼らと共存するようになりました。これにより、イスラエルは偶像礼拝や異教の影響を受ける危険にさらされました。
士師記 2章
イスラエルの民はカナン人と共存し、次第に彼らの偶像礼拝に染まっていきました。神は、契約を破るならば、カナン人を完全に追放せず、彼らが試練となる、と警告されました。ヨシュアの世代が死ぬと、民はバアルやアシュトレトを拝み、神に逆らいました。その結果、神は彼らを敵の手に渡されましたが、悔い改めると士師を立てて救われました。
士師記 3章
イスラエルの民はカナン人と混じり合い、彼らの神々を拝みました。その結果、神は敵を送り、民を試されました。最初の士師オトニエルは、メソポタミアの王クシャン・リシュアタイムに苦しめられた民を解放しました。次に、左利きの士師エフドがモアブの王エグロンを暗殺し、民を救いました。さらに、士師シャムガルは牛追い棒で600人のペリシテ人を打ち倒しました。
詩編 73編
悪を行う人が豊かに暮らし、自分は苦しみ続けていることに心が揺れます。誠実に生きてきたことは無駄だったのかと悩みますが、神の聖所で、悪人の繁栄にも終わりがあることを悟ります。自分の狭い見方を認めながら、それでも神が手を取ってくださっていたことに気づきます。神の近くにいることこそ、自分の幸いであるという告白へと変わり、心も体も衰えても、神は永遠の支えだと歌います。
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